らくらくラテン語入門
第2回 発音
SALVETE! Justusです。
発音について、2通ご質問をいただきましたので、今回は、ラテン語の発音についてお話ししますね。
まずは一通目から。
<渡辺様からのご質問>はじめまして。ラテン語なんてまったく触れたことがない渡辺と申します。
無謀にも「らくらくラテン語」を購読させていただくことになりました。本日、創刊号が届きましたのでザッと拝見させていただいたところ、致命的な問題が発覚しました。それは、単語が「読めない」のです。ラテン語の発音記号もおそらくわからないので、日本語の「フリガナ」でもふって頂かない限り、始める前から「撃沈」です。できましたらふりがなを付けて頂きたいのですが可能でしょうか?よろしくお願いします。
まず、結論から言いますと、フリガナなどなくても大丈夫です!
なぜでしょうか? ちょっと考えて見てください。え、分からない?
それでは、別の質問をします。アルファベットのことを「ローマ字」といいますよね。何でローマ字というか分かりますか?
そうです。古代ローマで開発された文字だからです。つまり、私たちが使っているアルファベットというのは、ラテン語の発音を書き記すために開発された文字なのです。
ですから、アルファベットをそのまま読めば、それがすなわちラテン語の発音になるのです。英語のように、Aをアと読んだりエイと読んだりとか、文字を二つ重ねるとまったく別の母音に化けてしまったり、ということはないのです。Aと書けばアですし、AUと書けばアウです。
したがって、結論的には、ラテン語の発音はほぼ日本語のローマ字表記のルールとほぼ同じになるのです。
ただ、私たちは、英語を通じてアルファベットを学びましたから、私たちが知っているのは、英語によって「歪められた」ローマ字の読み方です。そこで、この歪みを正してやる必要があります。
まず、Cです。これは、英語ではス[s]と読んだりク[k]と読んだりしますが、これは恐らくフランス語の影響でしょう(ç:セディーユ)。つまり、スと読むほうは後世の読み方ですから、オリジナルのラテン語ではク[k]オンリーとなります。
次に、JとVです。JはIと形が似ていますし、VとUは形が似ていますが、実は、これらはもともと同じ文字でした。後世の人が、「イと読むにも母音[i]と子音[j]がある。母音の場合はI、子音の場合はJを使うことにしよう」と考えて、使い分けることにしたのです。U[u]とV[w]に関しても同じです。
Jはいつしか、スペイン語ではフ[x]、フランス語や英語ではジュ[ʒ]と読まれるようになりましたが、これは邪道なのです。ドイツ語のようにイ[j]と読むのがもともとなのです。
Vも同じく、イタリア語・フランス語・英語ではヴ[v]、スペイン語ではブ[b]、ドイツ語ではフ[f]と読まれるようになりましたが、オリジナルの読み方はウです。
以上をまとめると、例えば、AUDIOは「アウディオー」、SALVETEは「サルウェーテ」、CAESARは「カエサル」です。簡単ですね。
ちなみに、昔のの碑文などには、AUDIOではなくAVDIOと書いてあることがよくあります。Uの代わりにVを用いていたわけですね。
ところで、これを仮名書きにしてしまうと、LとRの区別がわからなくなる(SALVETE・CAESAR)という重大な弊害があります。また、いずれも子音であって、日本語の「ル」のように子音+母音ではありません。このように、いろいろと仮名書きには欠陥があります。ラテン文字で覚えましょう。
それでは次の質問です。
<Suzuki様からのご質問>ぜひ,今度はフランスで勉強したく思い, ヨーロッパの言語の基礎であるラテン語を始めようと, メールマガジンに登録いたしました.
質問なのですが,ラテン語の発音規則は, フランス語や英語のように比較的不規則なのか, ドイツ語やイタリア語のように比較的規則的なのか知りたく メールを書いた次第です。
ドイツ語・イタリア語的か、フランス語・英語的か、といえば、ドイツ語・イタリア語的だといえます。ただ、子音で終わる単語も多いので、イタリア語よりはドイツ語に近いと思ったほうが、語末の子音のあとに余分な母音が入らなくてよいかもしれませんね。
なお、「ラテン語をフランス語式に発音する友の会(Amis de la prononciation française du latin)」というのがフランスで1928年に設立されたと、大西英文『はじめてのラテン語』24~25頁にあります。いずれにせよ、国によっていろいろな発音をしているようですから、「これが唯一無二の正しい発音だ」と考えるよりも、いろいろな発音に柔軟に対応できる心の余裕を持っておくことが、必要だと思います。多元主義とでもいいますか。
ちなみに、発音の際には、母音の長短やアクセントをどこに置くかも重要になってきますが、ラテン語の文法書には、「母音の長短を辞書で調べ、単語を音節に区切り、音節の長短を考え、そしてアクセントをどこに置くかを決定する」という手順が、たいてい書いてあります。しかし、この方法はお薦めしません。こんなことをやっていたら、発音を調べるだけで日が暮れてしまいます。実は、こんなことをしなくても大丈夫です。
それでは、どうすればいいかというと、生の発音を聴いて覚えるのです(これは、どの言語を学ぶ場合にもそうです)。そして、「感覚」を身につけるのです(そもそも英語でもドイツ語でも、母音の長短・アクセントの位置などは一切書いてありませんが、慣れてくるとどう読むかはだいたい分かります)。便利なことに、現在では、インターネットで簡単にラテン語の発音を聴くことができます。これでラテン語の発音とリズムに慣れてくださるのが、一番だと思います。古風な勉強方法に固執する必要はないと思います(韻文をやる必要が出てきたら、そのときに細かいことを学べばよいのです)。
いずれの音声も、テキストがついていますので、照らし合わせていただければ、発音の要領は分かると思います。
また、「より入門者向けの文章を、発音つきで覚えたい!」という方には、岩崎務『CDエクスプレス ラテン語』(吹込:ウーテ・シュミット、ミヒャエル・シュタイン)やTeach Yourself Beginner's Latin (Teach Yourself)があります。もっとも、前者は相当程度ドイツ語訛り、後者はテキストの内容がやや退屈と、それぞれ短所があります。
それではまた。 VALETE!
《ラテン文字の音価》
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[ks] | [y(:)] | [z] |
《追記》
中世における発音の変遷については、『silva speculationis - 思索の森』の2005年2月19日号に興味深い記事が出ていました。関心のある方はぜひご覧下さい。