らくらくラテン語入門
第18回 呼格
SALVETE! UT VALETIS?
Justusです。
前回までで、名詞の格変化の型は一通りやりましたね。
大分間があきましたので、忘れてしまった方も多いと思います。でも、以前も申し上げた通り、忘れたときは、記憶を強くするチャンスです。復習して忘れたことを思い出すと、とても忘れにくくなります。漬物のように「仕込んで寝かす」と、記憶は強くなるわけです。人間の記憶の構造というのは、本当に不思議ですね。
というわけで、忘れてしまった方は、こちらから復習しましょう。ページの最後のほうに、まとめがあります。
さて、今日は、もう一度、格(casus)に戻って勉強しましょう。これまで、主格・属格・与格・対格・奪格をやりましたね。
これですべてかと思いきや、実は、呼格(casus vocativus)と地格(casus locativus)という二つの格が残っています。でも、ご安心ください。これらの格の変化は、今まで習ってきた知識がほとんどそのまま使えるので、まったく難しくないのです。
このうち、今日は呼格を勉強しましょう。
呼格は、どういう場合に使うのでしょうか。文字通り「呼びかけ」に使います。
例えば、
「おい、はっつぁん!」
「なんだい、熊さん!」
というような場合に、「はっつぁん」と「熊さん」というのは、呼びかけを表しています。日本語の場合、これは主格と同じ形ですが(例えば、「熊さんがやってきたよ。」の「熊さん」と、「なんだい、熊さん」の「熊さん」は同じ形)、声の調子などで、これが呼びかけだと区別しています。
ラテン語でも、呼格は、基本的に主格と同じ形になるのですが、主格と呼格の形が変わる場合があります。その場合は、主格と呼格とをよりはっきりと区別できますので、ある意味便利です。
ボブ・ディランの『風に吹かれて(Blowin' in the wind)』というフォークソングをご存知でしょうか? この歌は、
The answer my friend is blowin' in the wind.
The answer is blowin' in the wind.
という感じで終わるのですが、中学生の頃、まだ余り英語に馴染んでなかったので、この「my friend」はどういう文の要素なのだろうとわからなかったことがあります。主語でも、述語でもありませんから、何だろうと悩んでしまったわけです。
これは、呼格ですね。英文法には「格」という考え方はないので、多分「呼格」とは呼ばないのでしょうが、実質的にラテン語の呼格に相当するものと考えれば、実用的には何も問題はありません。
書く場合には、コンマを入れたほうが親切ですね:
The answer, my friend, is blowin' in the wind.
まあ、会話にコンマはないので、コンマに頼りすぎるのは危険ですが。
このように、ヨーロッパ言語では、文中に呼格をよく入れるのです。重要な箇所にくる直前や直後に、このように相手に対する呼びかけを入れて、相手の注意を喚起するのですね。
ドイツで政治家の演説などを聞いていると、もっとも強調したい部分の直前や直後に「meine Damen und Herren」を入れています。
思うに、日本語では、これに相当する感覚がないので、すこし分かりにくいのではないかと思います。
例えば:
「こんなことして、アンタ、タダじゃすまないわよ!」
の「アンタ」は、呼びかけでしょうか。そうとも取れそうですが、どうも「アンタはタダじゃすまないよ」という主語という要素のほうが強そうです。
その証拠に、
「彼こんなことしちゃって、キミ、タダじゃすまないよ」
と言った場合に、タダじゃすまないのは「キミ」だと思いませんか? 少なくとも、「彼」だとは思わないのではないのでしょうか。
このように、日本語では、文中に呼びかけを挿入するという文化がない(呼びかけは文頭で行う)ので、呼格の利用価値もいまいちピンとこないと思います。けれども、これは割と頻繁に用いられる格なのです。
しかも、ラテン語では、原則として文頭に呼びかけをおいてはいけないことになっています(もちろん、呼びかけだけで文が成立している場合は別です)。つまり、必ず文中か文末に置かれます。
さて、さきほど、ラテン語では、主格と呼格が異なる形になる場合に、かえってわかりやすくなることがある、といいました。どういうことでしょうか。試しに、さきほどの
The answer my friend is blowin' in the wind.
をラテン語に直訳してみましょう。
responsum mi amice vento flatur.
responsumは「答え」、ventoはventus(風)の奪格で「風に」、flaturはflare(吹く)の受身形で「吹かれている」です(受身文についてはいずれ詳しく説明します)。
ここに、「mi amice」が割って入ってきているわけですが、これは呼格形だとすぐにわかります。なぜなら、主格の「meus amicus (amicus meus)」とは明らかに形が違うからです。
どういう場合に、主格と呼格の形が異なるかということが重要ですが、-usで終わるO型の格変化の場合(たいてい男性)と、OA型の形容詞の男性形の場合に、そうなります。
それ以外の場合には、主格と呼格は、同じ形になります。これは、新しい形を覚えなくて良いという意味で、一面便利ですが、多面、文章に出てきたときに、判別に困ることになります。
例えば、さっきは男性のmy friendだと仮定して訳しましたが、これが女性のmy friendだったらどうでしょうか:
responsum mea amica flatur.
この文は、一瞬戸惑いますね。風に吹かれているのが、いったい「答え」なのか、はたまた、「わが友」なのか、変化形からは分からないからです。
もちろん、「我が友は風に吹かれている」と「答え」に対して呼びかけて言うことはないので、消去法で「mea amica = 呼格」に落ち着きますが、それでも、厄介なことは確かです。やはり、格ごとに形を変えてもらったほうが、ありがたいといえます。
でも、ラテン語の文法がそうなっているので、仕方がありません。私たちで変えてしまうわけにはいきませんからね。
さて、それでは、-usで終わるO型名詞とOA型形容詞男性の変化形を確認しましょう。
まず、原則として、主格の語尾である-usを-eに変えると、呼格形が得られます。例えば、equusは「馬」の主格ですが、これを呼格にして「馬よ!」と言いたいなら:
eque!
となります。
形容詞も同じです。例えば、equus magnus(大きな馬)に呼びかけたいなら:
eque magne!
となります。
ここまでは簡単ですね。
これに、二つだけ例外があります。
まず、第一に、「私の」を意味する男性形容詞meusですが、この呼格形は
mi
となります。おそらく、ego(私が)の対格形であるme(私を)と混同しないように、そうなっているのだと思います。
さきほども、
mi amice!
(わが友よ!)
というのが出てきましたね。なぜmiとなっているのか、納得がいかれたと思います。
第二に、主格が-iusで終わるものについては、呼格は-ieではなく-iとなります。
ですから、filius(息子)の場合は、
fili
となります。「わが息子よ!」なら
mi fili
です。
第18回の練習
それでは、最後に少し練習をしましょう。
「ごきげんよう、Justus!」
と、ラテン語でいってみてください。
・・・
・・・
いかがでしたか?
正解は:
vale, Juste!
です。
第18回のまとめ
- 呼格
- 用法:呼びかけの格
- 位置:単独で用いられる場合を除き、文中か文末にくる(文頭には来ない)
- 変化形:原則として、主格と同じ
- (例外)主格が-usで終わるO型名詞・OA型形容詞男性形では、-eとなる
- (例外の例外1)meusの呼格は、miとなる
- (例外の例外2)-iusの呼格は、-iとなる
それでは、
valete, amici et amicae! (ごきげんよう、皆さん!)