「こんなに分かりやすいラテン語講座があったのか!」

らくらくガリア戦記

第九段

テキスト

relinquebatur una per Sequanos via, qua Sequanis invitis propter angustias ire non poterant. his cum sua sponte persuadere non possent, legatos ad Dumnorigem Haeduum mittunt, ut eo deprecatore a Sequanis impetrarent. Dumnorix gratia et largitione apud Sequanos plurimum poterat et Helvetiis erat amicus, quod ex ea civitate Orgetorigis filiam in matrimonium duxerat, et cupiditate regni adductus novis rebus studebat et quam plurimas civitates suo beneficio habere obstrictas volebat. itaque rem suscipit et a Sequanis impetrat, ut per fines suos Helvetios ire patiantur, obsidesque uti inter sese dent, perficit: Sequani ne itinere Helvetios prohibeant, Helvetii ut sine maleficio et iniuria transeant.

解説

relinquebatur una per Sequanos via,

relinquo, relinqui, relictum, relinquereは「残す」ですが、ここでは受身になっていますね(未完了時制)。「残された」ということです。主語はuna per Sequanos viaですが、ラテン語には不定冠詞というものはありませんから、unaとわざわざつけるということは、強調の意味を帯びていることになります。この場合は、「道は一つしかない」ということを強調しているわけです。その道というのは、Sequaniの土地を通る(per agrum Sequanorum)道だったわけですね。

qua Sequanis invitis propter angustias ire non poterant.

奪格の関係代名詞に導かれた節ですが、Sequanis invitisは独立奪格で「Sequaniがinviti(欲しない、unwillig)場合には」ということですね。propter angustiasですが、propterという前置詞は、対格支配ですが、場所的な近接を表すほかに(neben)、因果関係を表すために用いられます(wegen)。angustia, angustiaeは、angustus, angusta, angustum(狭い)の名詞形ですが、単数形は稀にしか用いられず、たいてい複数形で用いられます(angustiae, angustiarum)。ここでも複数で用いられていますね。要するに、道が狭いので、Sequaniが厭だといえば通れなくなったということです。

his cum sua sponte persuadere non possent,

possentと接続法になっているので、cum節だと分かりますね。hisが先頭に出ているので「cum sua sponte」かと騙されそうになりますが(格も符合していますし)、騙されてはいけません。hisはいうまでもなくSequanisですね。 persuadereはもう何度も何度も出てきていますが、与格をとるのでしたよね。「sua suponte(独力で、aus eigenem Antrieb, ohne fremde Hilfe = sine auxilio aliorum)」はこのまま熟語として覚えてしまいましょう。勿論spons, spontis (f.)の奪格であるわけですが、単数属格と単数奪格以外はほとんど使わないようです。

legatos ad Dumnorigem Haeduum mittunt,

独力では何ともならないので、他部族の仲介を頼みます。白羽の矢が立ったのは、Haedui人(Haeduus)のDumnorixでした。彼は Diviciacusの息子で、Orgetorixの女子と結婚していたのでしたね(第3段)。彼に使節を送ったわけです。主語はHelvetiiですね。

ut eo deprecatore a Sequanis impetrarent.

ut節ですが、まずはeo (= Dumnorige) deprecatore a Sequanisと独立奪格が来ていますね。deprecator, deprecatoris (m.)は、倒錯動詞deprecor, deprecatus sum, deprecatum, deprecari(祈り求める)の名詞形ですから、「祈り求めに行く人」ということです。prex, precis (f.)(祈り)の動詞形precor, precatus sum, precatum, precari(祈る)にdeがついたものです。aliquid ab aliquo impetrareで「~から~を得る」ですが、ここでは目的語(対格)は明白なので省略されていますね。

Dumnorix gratia et largitione apud Sequanos plurimum poterat

plurimum posse(最も力がある)という熟語は、第3段でも出てきましたね(..., quin totius Galliae plurimum Helvetii possent)。gratia et largione(恩義と贈与によって)ということですが、まあ具体的にはDumnorixがSequaniに対して多額の金銭的な援助をしていたということでしょう。余談ですが、日本には「カネは出すけど口は出さない」というのが美徳としてあるようですが、この例からも見られるように、ヨーロッパ的な伝統から言えば、カネを出した分、きちんと口も出すのが常識です。EUも、東欧にカネを出した分、東欧諸国の内政にガンガン口を出しました(民主化しろ、経済体制を変えろ、人権保障しろ、法律を変えろ、エトセトラ、エトセトラ)。そして、その要求を受け入れたご褒美として「EU加盟」があったわけです。日本も、あれだけ国際社会でカネを出しているのですから、きちんとそれに見合った形で、ガンガン他国の政治に口を出して欲しいものです。口を出さないのであれば、単なる放漫財政です(怒)。

et Helvetiis erat amicus,

DumnorixはHelvetii人とも仲がよかったということです。ここのamicusは名詞ではなく形容詞ですね。この場合のように与格をとることもできますし、その代りに「in+対格」や「erga+対格」をとることもできるようです。

quod ex ea civitate Orgetorigis filiam in matrimonium duxerat,

理由のquod節ですが、主語はDumnorix、ex ea civitateはex Helvetibusということですね。aliquem in matrimonium ducereは「誰々を妻に娶る(zur Frau nehmen)」ということですが、能動態過去完了時制です。Orgetorigis filiaをということですが、第3段で「[Orgetorix] itemque Dumnorigi Haeduo, fratri Diviciaci, qui eo tempore principatum in civitate obtinebat ac maxime plebi acceptus erat, ut idem conaretur, persuadet eique filiam suam in matrimonium dat.」という話が出てきましたね(詳しくは、本誌第4号をご覧下さい)。まさにこれを指しています。

et cupiditate regni adductus novis rebus studebat

このcupiditate regniという表現は、以前、第2段に出てきましたね(is [= Orgetorix] M. Messalla et M. Pisone consulibus regni cupiditate inductus coniurationem nobilitatis fecit et civitati persuasit ...)。inductusもadductusも似たようなものですが、要するに、「regnumが欲しくて」ということです。この、ローマ人が「regnum」と呼ぶところのものですが、別にガリア人が王政を敷いていたわけではなく、厳密な意味での王政というよりは、単に、その部族で最も力のある事実上のリーダーとして部族を支配すること(Alleinherrschaft)をいうようです。そういう意識に駆られてnobvis rebus studereしたということですが、これは、国家体制を刷新しようと努力していたということです。

et quam plurimas civitates suo beneficio habere obstrictas volebat.

quam + 最上級は、「できるだけ~」ということでしたね。plurimus, plurima, plurimumはmultus, multa, multumの最上級ですから、quam plurimas civitates「できるだけ多くのクニグニを」ということですね。aliquem obstrictum habereは「意のままにしておく(義務を負わせておく)」ということですが、どうやってかというと、suum beneficiumでということです。このbeneficiumというのは、ローマの国家体制特有の概念です。当時のローマというのは、ちょうど今日の国際社会によく似ています。今日の国際社会では、カネを持っている国がカネを持っていない国に金銭的な援助をする代わりに、必要なときに投票の助けてもらう(例えば、今回の常任理事国入りなど)、ということで、「主権平等」の原則の下、カネを持っている国がリーダーになれる、ということになっています。それと同じく、当時のローマでも、カネを持っていない市民(これをplebsといいます)や解放された奴隷を、カネを持っている市民がカネを出して保護してあげるということが行われました。このカネを出す市民をpatronusといいますが、なぜ彼らはそんなことをするかというと、彼らは、consulを初めとする名誉ある官職(honos)に是が非でも当選したいので(建前としては「共和政」でした)、カネを出してあげる代わりに、カネを受け取って保護されている人々(clientesといいます)は、彼らが立候補した際には、彼らに投票する義務を負ったのです。そして、このときpatronusが clientesに拠出する金のことを、beneficiumといったらしいのです。

Caesarは、こういう社会体制の中に暮らしている人ですから、他の民族の話しをするときにも、それに事寄せて話をします。要するに、ここでは、 Dumnorixが他の民族にカネを出す代わりに、自分が一旗挙げるときにはヨロシク頼むよ、というふうにしたかった、ということをいっているんでしょう。ウクライナを見ても分かりますが、古今東西、革命というのは決して自国だけで成立するものではなく、むしろ背後にある外国の力関係によって決まることが多いのです。

itaque rem suscipit

suscipio, suscepi, susceptum, suscipereは、sub+capereです。ここでは、「自ら引き受ける」という意味です。事案を喜んで引き受けたわけですね。

et a Sequanis impetrat,

ab aliquo impetrareは「誰々に要求する」です。

ut per fines suos Helvetios ire patiantur,

ut節ということで接続法となっていますが、patior, passus sum, passum, pati(耐える)はこの例のように、a.c.i.とも使えます。この節の主語は当然Sequaniで、per fines suosとはper fines Sequanorumということですね。

obsidesque uti inter sese dent,

obses, obsidisは「人質」ですが(通性名詞)、強調のためにuti(utと同じ)よりも前置されています。-queとあるように、前のut節とは別のut 節で、後の主文に係っています。ちなみに、このように「主・従・従・主」と並ぶ文体を、

主 従
従 主

の主と主、従と従を結ぶとX(ギリシア文字の「キー(Chi)」)の形になることから、キアスムス(Chiasmus)というそうです。それはともかく、この文の主語はSequani et Helvetiiであり、seseも再帰代名詞ですから当然主語と同じものを指します。dareは接続法になっていますね。

perficit:

perficereはper+facereですから、「やり(facere)通す(per = durch)」くらいの意味でしょう。交渉をまとめて、結果は次のようになったということです。もちろん、多額のカネが動いたんでしょうが。

Sequani ne itinere Helvetios prohibeant, Helvetii ut sine maleficio et iniuria transeant.

ここも、ne節、ut節ですが、それぞれの前に主語が強調のために飛び出していますね。しかし、そこにさえ気をつければ、特に難しくありませんね。 SequaniはHelvetiiの行く手を妨げない代わりに、Helvetiiは悪さや不法を働かずに通り過ぎるということですね。


そうなんです。ヨーロッパでは、二つのクニの間でこんな簡単な交渉をまとめるのも、揉めに揉めて、たいへんな苦労が必要なのです。そうすると、25もの国家が交渉をまとめて統合に向かっている欧州統合というのは、ヨーロッパ人の感覚からすれば、とてつもなくすごいことなのです。

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らくらくラテン語入門

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20. 複数の格変化(2)

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