らくらくラテン語入門
第20回 複数の格変化(1)
SALVETE! UT VALETIS?
Justusです。
前回はSeikoさんのご質問にお答えして、「格変化のパターン・性・格の見分け方」についてご説明しました(参照)。
そして、その前は何をやっていたかというと、最後に残った二つの格(呼格と地格)のうち、呼格を片付たのでした(参照)。
ですので、今回は地格をやろうかとも思いましたが、やはり、前回申し上げた通り、まずは複数形を片付けることにします。なぜかというと、地名には、単数のものと複数のものがあるからです。
複数の地名?と思われたかもしれませんが、複数の地名というのは、現代語にもあります。
例えば、よく使われるものに、「the United States of America」があります。もっとも、英語の場合、単数でも複数でも定冠詞の形が同じなので、これが複数であるということは余り意識されないようですし、実際、単数扱いするのが通常のようです。しかし、例えばフランス語では、
les Etats unies
となるので、複数であることが一目瞭然です。「合衆国で」なら
aux Etats unies
ですね。このように、単数か複数かは、文法上大きな意味を持ちます。ドイツ語でも
die Vereinigten Staaten
となりますので、これも複数形であることが明らかです。
他には、フィリピンなんかがそうですね。ただ、なぜ複数かといわれると、よく分かりません。「島国で、島がたくさんあるから」などと説明されることもありますが、そうだとすると日本やインドネシアが単数なのはおかしいですね。言葉というのは、非論理的なものだとつくづく感じます。
なお、性に関しても同じようなことがいえます。ドイツ語では国名はたいてい中性単数なのですが(LandやReichが中性なため)、Türkei(トルコ)、Mongolei(モンゴル)、
Mandschurei(満州)、Slowakei(スロヴァキア)、Schweiz(スイス)のような女性単数もあります。また、中には、Irak(イラク)のように男性単数の国名もあります。なぜこういう性になっているのか、というのは論理的にはうまく説明がつきません。
チェコをTschechienと呼ぶかTschecheiと呼ぶかという論争があるのですが(ドイツ語が読める方は、こちらのサイトをご参照ください(下のほうです))、この論争の是非はともかくとして、この場合、Tschechienと呼べば中性になり、Tschecheiと呼べば女性になるという点に、言葉の非論理性がよく現れています。
単数・複数の話に戻ると、ドイツ語やフランス語で「オランダ」(die Niederlande、les Pays-bas)が複数というのもおかしな話です。オランダ語では単数なのですから(het Nederland)。
閑話休題。とにかく、複数の地格と単数の地格をまとめてやったほうがよいと思いますので、地格は後回しにします。
さて、複数形の格変化ですが、これは、前にも申し上げたとおり、単数の格変化よりも断然簡単です。
なぜなら、パターンが単数よりも限定されているからです。現代語でも、単数よりも複数のほうが文法が簡単な場合が多いですよね(冠詞など)。
以下、具体的に見ていきましょう。
1.属格
複数属格は、格変化のパターンの分類方法についてご説明したときに、すでにやりましたね(参照)。
簡単に復習しておくと、どの型でも、複数属格形は、必ず「-(r)um」で終わります。
その直前に、A型だったら-a-を、O型だったら-o-を、I型だったら-i-を、U型だったら-u-を、E型だったら-e-をつければいいだけです。そして、子音型なら、何も母音をつけずに、そのまま-umが語尾にくる、ということです。
これはラクですね。格変化表をわざわざ見るまでもありません。
2.与格・奪格
次に、与格と奪格です。
与格と奪格は常に同じ形で、しかも、3パターンしかありません。
- O型・A型 → -is
- I型・子音型・U型 → -ibus
- E型 → -ebus
2と3は、-busでまとめてしまってもいいですね。そうすると実質2パターンです。以下、具体的に見ていきましょう。
(1)-is
例えば、oculus, oculi(目)だったら、O型ですから、
oculis
が複数与格・複数奪格となります。二つの目で見る場合は、複数になりますので、
oculis video.
(私は目で見る)
となります。この場合は奪格ですね。
A型でも同じです。「agricola, agricolae」(農夫)はA型ですので、
agricolis
が複数与格・複数奪格となります。例えば、
rex agricolis agrum dat.
(国王は農夫たちに農地を与える)
というように使います。なお、複数対格をまだやってないこともあり、「ager, agri」は単数対格にしておきました。これだと、文法的には、一人の王が複数の農夫に一つの土地を与えたことになります(文脈により別の解釈もありえますが)。
ちなみに、古代ローマというのは、のちのち大商業圏に発達するわけですが、もともとは農業国で、伝統的に農地が最も重要な財産とされていました。土地を売買する手続はきわめて厳格に決まっていました。それは、当時の唯一の資本だったからです。現在の資本は「会社」ですが、会社の売買(M&A)の手続はきわめて厳格ですよね。
agerは文脈により「土地」と訳されたり「畑」と訳されたりしますが、これは、ローマ人の思考様式によれば、「土地=農地」だったからです。そして、その反対は、oppidum(城壁に囲まれた市街地)です。
ちなみに、畑を(agri = agerの単数属格)耕すこと(cultura)は、現在でも、アグリカルチャー(agriculture)と呼ばれていますね。
(2)-bus
I型・子音型・U型・E型の格変化をする名詞の複数与格・複数奪格は、みなbusで終わります。
ところで、このbusって、どこかで見たことありませんか?
・・・
そうです! 「バス」です。乗り物の「バス」。
実は、バス(bus)というのは、オムニバス(omnibus)が短縮されたものなんです。
それでは、オムニバスとは、どういうことでしょうか?
例えば、オムニバス形式の映画だったら、いくつかの短編をまとめて、そのすべてを一つの作品とすることですね。
バスも、みんなで乗っていく。
そうだとすると、オムニバスというのは、「すべて」とか「みんな」とかいう意味なんじゃないか、という見当がつくのではないかと思いますが、実はその通りなんです。
ラテン語で「すべての」を意味する形容詞「omnis(男性主格), omnis(女性主格), omne(中性主格)」の複数与格・複数奪格なのです。つまり、「すべて(の人・もの)に」「すべて(の人・もの)で」という意味になります。
この「omnis, omnis, omne」は、複数属格で「omnium」となりますので、I型に属します。そして、その複数与格・複数奪格は
omnibus
となります。
子音型の例も挙げておきましょう。例えば、「rex, regis」(王)だったら、
regibus
となりますね。「複数の王様に」(与格)、または、「複数の王様」の奪格(前置詞をつけるなど、いろいろ使い道はあります)ということになりますね。
例えば、さきほどの
rex agricolis agrum dat.
(国王は農夫たちに農地を与える)
で農地をもらった農夫たちが、今度は王様に農地を返すことになったとします。そして、そのときに二人の国王の共同統治にになっていたとすると、次のようになります:
agricolae regibus agrum reddunt.
(農夫たちが国王たちに農地を返す)
redduntの一人称単数形はreddo(私は返す)ですが、これは、re+doです。このre-という接頭辞は、「後に」という意味で(ドイツ語のzurückに相当)、そこから「元に戻す」というような意味が出てきます。ドイツ語でも「返す」ことをzurückgebenといいますが(gebenは「与える」)、ラテン語でもまったく同じ構造で「返す」という単語ができています。このように、ヨーロッパ言語は、互いにとてもよく似ているのですが、ラテン語をやるとそのことが本当によく認識できます。
少し脱線すると、例えば、英語のpresident、フランス語のprésidentに相当するドイツ語はVorsitzenderです。全然似ていないように見えるかもしれませんが、ラテン語の「praesidens, praesidentis」(= prae + sidens)も、ドイツ語の「Vorsitzender」(= vor + Sitzender)も、どちらも「前に座っている人」という意味なのです。このように、ラテン語を学ぶと、このように「一見全然似ていないが、実はまったく一緒」という現象を随所に発見することができるようになります。これにより、語学を学ぶのが格段に楽しくなり、しかもラクになります。
次に、U型の格変化ですが、例えば「manus, manus」(手)であれば、複数与格・複数奪格は:
manibus
となります。(二つの)手で水を飲む、でしたら:
manibus aquam bibo.
となりますね。
最後に、E型の格変化ですが、例えば「res, rei」(もの、こと)であれば、複数与格・複数奪格は:
rebus
となります。
それでは、res publica(公共体、国家)だったら、複数与
格・複数奪格形はどうなりますか?
・・・
・・・
そうですね。
rebus publicis
となりますね。「publicus, publica, publicum」(公の)という形容詞がOA型だ、という点がポイントです。一語で綴ると
rebuspublicis
となりますが、この単語を見て、「rebuspublica」(???)という単語が辞書で見つからないと大騒ぎしてはいけません。落ち着いて分解すれば、
respublica
の複数与格・複数奪格であると、見破ることができますね。
3.主格・呼格・対格
最後に、主格・呼格・対格です。これが一番厄介ですが、難しくはありません。
まず、主格と呼格はつねに同じ形になります。
そして、多くの場合、対格も同じ形になります。特に、中性名詞であれば、主格・呼格・対格はつねに一致します。
ですから、難しくないのですが、具体的には、次回詳しく見ていきましょう。
それではまた!
VALETE!