「こんなに分かりやすいラテン語講座があったのか!」

らくらくラテン語入門

第14回 名詞のI型・子音型格変化

SALVETE! UT VALETIS? Justusです。

前回は、挨拶をやりましたね。覚えていますか?

・・・

そうですね。

  • bonum diem(おはようございます、こんにちは)
  • bonum vesperum(こんばんは)
  • bonam noctem(おやすみなさい)

の三つでした。今日は、この表現についてもう少し掘り下げてみましょう。

少し復習すると、三つの性と格は、形容詞のかたちから判断することができたのでしたね。この場合は、bonum diemとbonum vesperumは男性対格、bunam noctemは女性対格でした。

このように、「かたち」と「性と格」を結びつけて覚えることは、ラテン語のような格変化のある言語ではとても重要なことです。こういうとき、上の三つのような定型表現はとても役に立ちます。もし、noctemと単独で出てきても、bonam noctemという表現を思い出しさえすれば、

「ああ、これは女性対格だったな」

と分かるからです。私が昔いたある街には「carpe noctem」という名前のディスコがありましたが、これは「夜を楽しめ!」ということです(これは、Horatiusの言葉「carpe diem」のパロディです)。対格ですから、「夜を」という意味になるわけですね。

vesperumも同じです。

実は、diemについては、女性になる場合もあるので、ちょっとややこしいのですが、それでもだいたい分かります。それぞれの名詞の性が分かると、形容詞がどの名詞に係っているのか、判断しやすくなりますので、性は分かったほうがいいのです。しかし、どうしても分からなくても、何とかなります。

しかし、格のほうは、分からないと困ります。いかに困るかということをこれから示そうと思うのですが、ちょうど千野栄一先生の『外国語上達法』を読み返していたら、面白い例が挙げてありましたので、ちょっと引用しておきます(引用文に出てくる「ソ連」というのは、かつてロシア・中央アジア諸国・カフカス諸国・バルト三国で構成していた社会主義国の連邦である「ソヴィエト連邦(Советский Союз:サヴィェーツキイ・サユーズ)」(正式名称は、「ソヴィエト社会主義共和国連邦(Союз Советских Социалистических Республик:サユーズ・サヴィェーツキフ・サツィアリスティーチスキフ・リスプーブリク)」)の略称です):

「通じなかったロシア語」

・・・もう何年も前のことだが、ソ連の船が日本海側のある港に入ったときのことである。たまたまその町の取材をしていたテレビ局がそのプログラムの一部として、ソ連の船で来た人たちをスタジオに招待し、歓迎のパーティを開いたことがある。そのときアナウンサーがソ連の人達に「子どものおみやげに何を買いますか」と、質問し、その場にいあわせたロシア語をたしなむ人に通訳を依頼した。ところがこの人はあまり会話の経験のない人だとみえて、この問いを、「ジェーチ・パダーロック」と、訳した。これは、「子どもたち・おみやげ」とでもいったのと同じである。もちろんロシア人には何のことかさっぱり分からず、けげんな顔をしただけで番組は進行していったが、なぜ理解できなかったかについて、ここで考えてみることにする。

 そもそもロシア語では名詞に格変化というものがあって、その名詞が文の中で果たす役割を示している。いわば「子どもたち『が』、子どもたち『の』、子どもたち『に』、子どもたち『を』・・・・・・」という形があって、〔二重鍵括弧〕をつけた日本語でいえば助詞にあたるところまで名詞で示すシステムである。だから、もしこの通訳の人がせめて「子どもたち『に』」といったら、話はどうにか通じたのではないかと思う。

 「子どもたちに・おみやげ」
 「はい」
 「何を」
 「トランジスター・ラジオ」

と、いうような展開になったと考えられる。ところが「子どもたち」の格が基本形というか主格を表す格であったために、このいとも簡単な会話すら通じないままで終わってしまった。これは、ロシア語のような格変化をする言語ではそこをしっかりおさえていないと通じない、というよい例なのである。

(千野栄一『外国語上達法』(1986年、東京)、67-68頁。媒体の都合上、傍点を二重鍵括弧に置き換えました)

「旧ソ連にはトランジスター・ラジオはなかったのだろうか」という素朴な疑問はさて措いて、ここで述べられていることは、ラテン語にもまったくそのまま当てはまります。

例えば、主格で

bona nox!

といっても、

「だから?」

ということになります。しかし、対格で

bonam noctem!

といわれれば、「ああ、私のためによい夜を希望してくれているんだなあ、ありがたいなあ」ということになり、「私もあなたに」ということで、

bonam noctem!

と返してもらえる、ということになります。

それでは、これらの格変化の全貌を今日はお示しすることにしましょう。まずは、bona nox(よい夜)ですが、主格・属格・与格・対格・奪格の順で、次のようになります:

bona nox - bonae noctis - bonae nocti - bonam noctem - bona nocte

ちょっと複雑ですね。特に主格で-xが出てくるのに違和感を感じる方も多いのではないでしょうか? 

しかし、実際に発音してみると、それほど違和感がないことに気づかれるかもしれません。実は、この-xは、-ctsが約(つづ)まって-cs (= -x)となったものです。

実は、このパターンはI型の格変化というパターンなのですが、

-s / -is / -i / -em / -e

という語尾変化をするという特徴があります。例えば、「ミヤコ」を意味するurbsという単語では:

urbs - urbis - urbi - urbem - urbe

と、まったくパターン通りの格変化となっています。

しかし、主格がちょっと変化球で攻めてくる場合が多いのです。さっきのnox(夜)もそうなのですが、例えば、rex(王)という語も、主格でちょっと変化球になっています:

rex - regis - regi - regem - rege

主格で-xとなっているのは、-gsというのが、-sにつられてその直前の-g-が清音化し、-x (= -cs)となっているからです。

ここで、「あれっ?」と思った方は、勘の良い方です。noxの場合は、-ctsが-xに変化したのでしたよね。それが、今度は-gsが-xに変化しています。

実は、このように、語尾が-xとなるものは:

  1. -cs
  2. -gs
  3. -cts

の三種類があります。ということは、-xという主格の語尾を見ただけでは、他の格の形を類推できないということです。つまり、rexという単語を見ただけでは:

  1. rex - recis - reci - recem - rece
  2. rex - regis - regi - regem - rege
  3. rex - rectis - recti - rectem - recte

の三つのうちのどれになるのかが分からないということです。

それでは困るので、辞書や単語集には、必ず主格の形とともに、属格の形が並べて書いてあるわけです。例えば、rexだったら「rex, regis」と、noxだったら「nox, noctis」と書いてあるので、それぞれ:

  • rex - regis - regi - regem - rege
  • nox - noctis - nocti - noctem - nocte

という格変化をするのだと分かります。

c + sの例としては、

pax, pacis (f.) 平和

があります。格変化は、

pax - pacis - paci - pacem - pace

となるわけですね。ところで、

Pax Romana

という言葉をご存知でしょうか? Romanaとaで終わっているので、Paxは女性だと分かりますね。

英語風(?)に「パックス・ロマーナ」と読まれることも多いこの言葉ですが、もしラテン語に忠実に読みたければ、「パークス・ローマーナ」と読んだほうが知性的かもしれませんね(私は仮名転写にはあまりこだわらないのですが)。いずれにせよ、ローマが地中海の征服を達成し、覇権が確立したAugustusの治世から、最後の五賢帝のMarcus Aureliusの治世までを指す言葉です。この後は、ローマの求心力が弱まるので、再び戦乱の世の中になります。もっとも、Pax Romanaの間もがんがん遠征をしていて、決して平和だったわけではないのですが、ローマ人の自己中心的な視点によってPaxと呼ばれています。

ところで、余談ですが、これをもじって、

Pax Britannica
Pax Americana

という言葉もあるようです。前者は連合王国の覇権が確立した時代(ウィーン体制下)、後者は合衆国の覇権が確立した時代(冷戦体制下)のことのようです。これも何となくPaxと呼ばれていますが、別に平和だったではないですよね。朝鮮半島やヴェトナムの方々が訊いたら怒るでしょう。

ここで、もう一つ、重要なことをお話しなければなりません。実は、今挙げたrexとpaxは、I型ではなく、子音型という格変化のパターンなのです。もう一度これらの格変化を見較べてください。

  • rex - regis - regi - regem - rege
  • nox - noctis - nocti - noctem - nocte
  • pax - pacis - paci - pacem - pace

いかがですか?

・・・

まったく同じ変化語尾をもっていますね。

それでは、なぜ、I型と子音型の二つに分かれているのでしょうか?

実際、分けないやり方もあり、その場合は第三格変化(Third Declension)と一括して呼ばれるようです。

けれども、この講座では、分けることにします。それはなぜか?

実は、これまでやってきた格変化というのは、すべて「単数形」なのです。

そして、名詞の格変化は、「複数形」もマスターしなければならないのです(というと、フラっと気が遠くなってしまう方がいらっしゃるかもしれませんが、心配要りません。複数形は、単数形よりも断然簡単です)。

そして、格変化のパターンというのは、実は、複数属格形を基準にして決めているのです。ちょっと見てみましょう(これからやる格変化も含まれていますが、あとできちんとやりますので、いまは眺めてみてください):

  • O型男性・女性:-us / -i / -o/ -um / -o
    • oculusの複数属格形:oculorum
    • medicusの複数属格形:medicorum
  • O型の変種:- / -i / -o / -um / -o
    • vesperの複数属格形:vesperorum
    • virの複数属格形:virorum
    • liberの複数属格形:librorum
    • faberの複数属格形:fabrorum
  • O型中性:-um / -i / -o / -um / -o
    • iaponiumの複数属格形:iaponiorum
    • darmstadtiumの複数属格形:darmstadtiorum
    • tergumの複数属格形:tergorum
    • bellumの複数属格形:bellorum
    • studiumの複数属格形:studiorum
  • A型:-a / -ae / -ae / -am / -a
    • linguaの複数属格形:linguarum
    • medicaの複数属格形:medicarum
  • E型:-es / -ei / -ei / -em / -e
    • diesの複数属格形:dierum
    • resの複数属格形:rerum
    • fidesの複数属格形:fiderum
    • faciesの複数属格形:facierum
  • U型:-us / -us / -ui / -um / -u
    • manusの複数属格形:manuum
    • aspectusの複数属格形:aspectuum
    • luxusの複数属格形:luxuum
    • sexusの複数属格形:sexuum
    • ususの複数属格形:usuum
  • 子音型:-s / -is / -i / -em / -e
    • paxの複数属格形:pacum
    • rexの複数属格形:regum
  • I型:-s / -is / -i / -em / -e
    • urbsの複数属格形:urbium
    • noxの複数属格形:noctium

つまり、複数属格形の「-rum」ないし「-um」の直前に来る母音によって、何型という名づけ方をしているのです。そして、「-um」の直前に母音が来ない(したがって子音が来る)ものがありますが、これを子音型と呼んでいるのです。

このように、子音型とI型では、複数形で違いが出てくるわけですが、単数形はまったく同じです。そのために、却って困ったことが起きます。

パターンが分からない単語を辞書で引くと、そこに掲載されている単数主格形・単数属格形から、格変化のパターンが再構築できるのでしたね。

しかし、I型と子音型では、単数形が同じパターンなのですから、結局、単数主格形と単数属格形も同じになってしまい、区別がつかないことになるのです。これでは、複数形を知りたいときに困ります。

そこでどうするかというと、もう一つ規則を組み合わせることによって、この問題を解決しているのです。

具体的には:

  • 「語幹が重子音で終わるものはI型、そうでないものは子音型」

という規則で解決できます。

urbsの場合は、「urb-」が語幹ですから、-rb-と重子音で終わっています。ですからI型です。noxの場合も、「noct-」が語幹ですから、-ct-と重子音で終わっています。ですからこちらもI型です。

これに対して、paxでは、「pac-」が語幹ですから、-c-と単子音で終わっています。したがって、これは子音型です。rexも、「reg-」が語幹ですから、-g-と単子音で終わっています。したがって、これも子音型です。

もう少し勉強が進むとこれだけでは解決できない場合が出てきますが、それについては、またの機会にご説明することにしましょう。

今日のお話は少し難しかったかもしれませんが、とても重要ですので、きっちりと復習しておいてくださいね。とくに「子音型」の格変化をする名詞はすこぶる多いですので、ぜひマスターしましょう! この「子音型」をマスターすれば、あなたのラテン語の世界はかなり豊かになりますよ!

第14回 まとめ

  • I型:-s / -is / -i / -em / -e
    • urbs - urbis - urbi - urbem - urbe
    • nox - noctis - nocti - noctem - nocte
  • I型と子音型を見分けるルール:
    • 「語幹が重子音で終わるものはI型、そうでないものは子音型」

それではまた次回。VALETE!

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らくらくラテン語入門

1. 挨拶(1)、名前の訊き方
2. 発音
3. 自己紹介
4. 名詞の格―主格、奪格(1)
5. 奪格(2)、動詞の活用―現在時制(1)
6. 対格、動詞の活用―現在時制(2)
7. 奪格(3)
8. 与格
9. 属格
10. 格の用法(まとめ)と名詞のOA型格変化
11. 形容詞のOA型格変化
12. 動詞の活用―現在時制(まとめ)
13. 挨拶(2)
14. 名詞のI型・子音型格変化
15. 名詞のE型格変化
16. 名詞のO型格変化の変種
17. 名詞のU型格変化
18. 呼格
19. 格変化のパターン・性・格の見分け方
20. 複数の格変化(1)
20. 複数の格変化(2)

らくらくガリア戦記

0. 序論
1. 第一段
2. 第二段
3. 第三段
4. 第四段
5. 第五段
6. 第六段
7. 第七段
8. 第八段
9. 第九段
10. 第十段

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