らくらくラテン語入門
第10回 格の用法(まとめ)と名詞のOA型格変化
SALVETE! UT VALETIS? Justusです。
前回は、属格をやりましたね。その前は与格、その前は奪格。どうですか? 覚えていますか?
忘れてしまった、という方も、多いと思います。でも、忘れるのは人の常。というより、むしろ、忘れるのは、記憶を強くするチャンスです。
私なども、とても忘れっぽいので、すぐに忘れてしまって、復習が必要になるんですよね。でも、復習すると、最初に覚えたときよりも理解が深くなるものです。だから、とても、忘れにくくなります。
ですから、私などは、後から考えると、かえって人よりも理解が深くなっていて、かえって人よりよく覚えていた、ということも、結構あります。逆説的ですが、忘れっぽいお蔭です。
また、復習には、時間はあまりかかりません。一度学んでいるので、短時間で思い出せるからです。
ですから、忘れてしまった場合は、復習しましょう。
楽しいですよ。「学びて時にこれを習う、またよろこばしからずや」です。
というわけで、今日は復習です。
格の用法
まずは、それぞれの格の使い方について、簡単におさらいです:
- 主格(nominativus): 主語になる格。
- 属格(genitivus):日本語の「~の」に近いことが多い。
- 所有の属格:所有者を表す。「~の」に近い。
- 主体の属格:動作の主体を表す。「~の」に近い。
- それ以外の場合にも、「~の」に近いことが多い。
- 対象の属格:動作の対象を表す。「~の」ではない!
- 与格(dativus)
- 「~に」:dare(与える)などの動詞の補語(の一つ)に なる。
- 所有の与格:(主格)(与格)est/sunt.
- 対格(accusativus):動作の対象(目的語)を表す格
- 奪格(ablativus)
- 分離の奪格:特定の動詞(spoliare、nudareなど)の補語になる。
- 「~に」「~で」の奪格:方法・手段・時・観点
- 前置詞の補語になる奪格:e (ex)など。
何となく思い出してきましたか?
曖昧なところがある方は、右のインデックスから忘れているところををチェックしましょう!
格変化
そして、ある格であることを示すために、名詞は形を変えるのでしたね。
これまで、その場その場でそれぞれの形を覚えてきましたが、全部の格を並べてみるとどうなるか、ということを見てみましょう。ついに格変化の全貌が明らかになります。楽しみですね!
※クイズの好きな方は、法則性を見つけてみてください。
まず、「Justus」という語は、格によって、次のように形を変えていました:
主格 Justus 「Justusが」など 属格 Justi 「Justusの」など 与格 Justo 「Justusに」など 対格 Justum 「Justusを」など 奪格 Justo 前置詞とともに使うなど
Justoという形は初めてかも知れませんね。これが、Justusの与格と奪格です。
次に、Iuliaで見てみましょう。
主格 Iulia 属格 Iuliae 与格 Iuliae 対格 Iuliam 奪格 Iulia
奪格の場合、Iuliaのaは長音になるのでした。これに対して、主格ではaは短音です。
このことは、Iaponia(日本)を使ってご説明しました。Iaponiaは、次のように格変化します。
主格 Iaponia 属格 Iaponiae 与格 Iaponiae 対格 Iaponiam 奪格 Iaponia
そういえば、先日、元素番号113番の元素が理研で発見された、というニュースがありました。何でも、「ジャポニウム」という名称が候補に挙がっているとか。この「ジャポニウム」は、ラテン語で書くとiaponiumでしょうが、これの格変化は次のようになります。
主格 iaponium 属格 iaponii 与格 iaponio 対格 iaponium 奪格 iaponio
近年ダルムシュタット(Darmstadt)で発見された元素は「ダルムシュタティウム」と命名されたらしいですが、それだったら、こうです:
主格 darmstadtium 属格 darmstadtii 与格 darmstadtio 対格 darmstadtium 奪格 darmstadtio
何か、ラテン語っぽくなくて、エキゾチックな感じがします。
どうですか? 法則性は見つかりましたか?
まだ少し難しいかもしれませんね。もう少しやりましょう。
この間、ギュンター・ヤオホ(Günther Jauch)が司会をしている『クイズ・ミリオネア』を見ていたら、「カレドニアとはどこのこと?」という問題が出ていました。ラテン語をやっていれば、こんな問題はお茶の子さいさいです。どこだと思いますか?
答えは、スコットランドです:
主格 Caledonia 属格 Caledoniae 与格 Caledoniae 対格 Caledoniam 奪格 Caledonia
ニューカレドニア(島)とは、「新スコットランド」ということですね。ニューヨーク(「新ヨーク」)と同じ命名法です。
次に、Germania(ドイツ、ゲルマニア)を見ましょう:
主格 Germania 属格 Germaniae 与格 Germaniae 対格 Germaniam 奪格 Germania
最後に、ルクセンブルクなら、こうです:
主格 Luxemburgum 属格 Luxemburgi 与格 Luxemburgo 対格 Luxemburgum 奪格 Luxemburgo
何か法則性は、発見できましたか?
まず、鋭い方は、「変化している部分は語尾(単語の末尾の部分)だけだ」と気づかれたかもしれません。これが第一の法則です。
そして、もっと鋭い方は、語尾の変化の仕方にパターンがあることに気づかれたと思います。実は、今日見てきた名詞の中には、次の3つのパターンが含まれていました:
- us - i - o - um - o
- a - ae - ae - am - a
- um - i - o - um - o
ここまで気づいた方は、スゴイです。ラテン語の才能があります。
実は、このパターンは、名詞の性ともある程度の対応関係にあります:
- us - i - o - um - o: だいたい男性
- a - ae - ae - am - a: だいたい女性
- um - i - o - um - o: つねに中性
それから、1と3がよく似ていることにも、気づいたかもしれません。1と3をまとめて、「O型」の格変化のパターンといいます。これに対して、2は「A型」です。何だか血液型みたいですね。
なぜ、こういう名前がついているのかということは、いずれご説明します。
それから、対格は-mで終わっている、という点に気づかれた方もいらっしゃると思います。これも、その通りです。
他にも、何か発見した方は、連絡してくださいね。
第10回 まとめ
- 名詞の語尾変化:主格 - 属格 - 与格 - 対格 - 奪格
- us - i - o - um - o:だいたい男性:O型
- a - ae - ae - am - a:だいたい女性:A型
- um - i - o - um - o:つねに中性:O型
それではまた! VALETE!
第10回 補足説明
読者の岩間さんから、格の並べ方についてご質問を受けました。
同じような疑問をお持ちの方もいらっしゃると思いましたので、ぜひメルマガのほうでやりとりを公開したいと申し出たところ、岩間さんのご快諾をいただき、こちらにも掲載できることになりました。
それでは、まずは岩間さんのメールです。
お伺いいたします。
名詞の格変化を唱えたり、書き並べたりするのに、主格からはじめて属格、与格、対格、奪格の順に進むのが普通のよう思います。近年、日本で出版されるラテン語の参考書はほとんどみな主属与対奪の順になっております。
しかし、そうでない順を取る学者がおります。例えば、唯一の羅日辞典の編纂者である田中秀央氏や早稲田大学の有田潤氏は主→対→属→与→奪の順をとっています。イギリス、アメリカあたりで行われているのは、この方式が多いようで、田中氏や有田氏はそれに倣っておられるのでしょうか。
辞書では、名詞の見出し語には必ず属格が書いてあるわけですから、主→属と進むのが覚えやすいように思われます。他に何かのメリットがあるので主→対の順が主→属の順に取って代わられつつあるのでしょうか。
この件につき、何かご存じのことがありましたら、お教え下さい。
ついでに・・・・日本でのドイツ語教育では、一格、二格、三格、四格が固く守られています。主格、属格、与格、対格の語をきくことは殆どありません。一、二、三、四格は日本でだけ言われている言葉であると聞いたことがありますが、それは本当でしょうか。
以下は、私の回答です。
こんにちは、岩間さん! メールありがとうございました。
まず、格について。正直なところ、これについて私は知らないのですが、とりあえず、私がこの点についてどういう風に考えているか、ということだけ、お話しておこうと思います。
まず、ご指摘のように、ドイツ語では
- 主格(Nominativ)
- 属格(Genitiv)
- 与格(Dativ)
- 対格(Akkusativ)
で並べるのが一般的です(「一格」云々は、ご指摘の通り、原語にはありません。多分、日本の方が考え出したものだと思います)。
なぜこの順番か、というのは、残念ながら知らないのですが、恐らく、実際の文に出てくる順番に近くなるからではないかと私は考えています。
属格はどこにでも来ますが、与格と対格については、通常
与格→対格→動詞となりますから(不定形の場合)、与格・対格は最後に来るのが妥当だということかと思っています。
この順番に、奪格を付け足すと、主格・属格・・・云々の順番になります。したがって、この順番は、ドイツ語に親しんだ人々からは受け入れやすいと考えられ ます。ドイツの参考書は、例外なくこの順番になっています。
そこで、この講座が、この順番を採用した理由ですが、次のことが挙げられます:
- 私としてもこの順番が馴染みやすいこと。
- 読者の方々の中で、「格」という考え方の言語をやったことがあるとしたら、ほとんどの場合それはドイツ語であろうこと。したがって、そのような読者の方々にとっても、馴染みやすいであろうこと。
- 「格」という考え方の言語をやったことがない方には、どの順番でやっても同じであろうこと。
しかし、使っているうちに、それ以外のメリットがあることに気づきました。それは語順です。ラテン語では、動詞が文末に来ることが多いですが、その動詞の前の順番については、
与格→対格→奪格→動詞となる場合が多いようです。岩間さんがご指摘のように、最初の「主格→属格」には変化パターンを特定するメリットがありますから、それを足すと、
主格→属格→与格→対格→奪格となります。
ご参考になりましたら幸いです。